iの研究

第八十五回 <死者>の研究


五、六年前のことだったと思います。
何気なくつけたテレビで、芸人二人が寂れた商店街を歩いています。
しばらく見ていると、この番組の内容が何となく分かってきました。
芸人は飛び込みで家や商店を訪れ、家宝を見せてくれと依頼するのです。
家宝=家のお宝を前に、その由来や価値などを聞き出し、笑いを交えて語る番組です。

その時に訪れたのは、廃業したある商店です。
対応したのは商店の元店主で、歳のころ80才前後のご老人です。
老人は快く芸人を二階の住まいに招き入れ、お宝を開陳しました。
それは古い8ミリのフィルムです。
そこには映写機もあったので、さっそく上映会となりました。

映された映像はモノクロームのとても古いものでした。
それは商店街を練り歩く神輿を撮影したもので、多分近隣の神社のお祭りです。
昔、商店街はお祭りに託けて大売り出しの催しをよくやったものです。
そんな場面ですが、見ていると大賑わいの商店街の様子が伝わってきます。
すると老人が「ここに写っている人は皆死んでいるけどね」と芸人に説明しました。
この言葉にわたしは軽い衝撃を受けました。
わたしは死者の映像を見ているのか、と。

映像に写された時代はかなり古く、恐らく老人が子供の頃と想像します。
つまり撮影したのは親か年上の兄弟だったのでしょう。
そうなると写っている人の多くは大人ですから、今生きていることは考えられません。
老人の言うとおりです。
それは当然のことであり、なんの不思議もありません。
しかし一端(いったん)そのことに気付くと、古い映像がちょっと恐ろしくなりました。
そこに写っているのが死者ばかりだと思うと。

それから何年かして、東日本大震災の被災地であるプロジェクトが行われていたことを知りました。
被災して消失した家族アルバムを探し出し、汚れた写真をきれいに洗浄して修復するプロジェクトです。
とても根気のいる作業を、ボランティアが廃校などを使って実施しています。
これの詳細を知ったのは写真家を主人公にした映画ですが、すぐにあの8ミリのフィルムを思い出しました。
探している家族アルバムの写真に写っているのは死者か行方不明者の、在りし日の像です。
つまり、死者か死者かもしれない人々の写真です。



写真のポートレイトも、ある時期を過ぎると死者の像になります。
それも当たり前のことですが、わたしたちが何の考えもなく死者の像をコレクションしている事実には少し驚きます。
家族アルバムの写真の多くは記念写真で、思い出として写されるものです。
それがいつしか死者の記録となります。
家族の写真がかけがえのないモノとして、被災地で探し、修復されている。
被災者の遺品の中でも、特別なモノとして写真は存在しています。

写真が日本に入ってきた幕末明治期、「写真を撮られると、魂を抜かれる」と言われたそうです。
それはすぐに迷信として片付けられました。
しかし、被災地の家族アルバムの例に出会うと、意外に写真の核心を突いていたようにも思えます。
発見され、きれいに修復された被災者のポートレイトを家族が見た時、そこには被災以前には見えなかった何かが見えたはずです。
それが魂であるかどうかは別として、写真の見方が変わったことは間違いないと思います。

レコード(phonograph)を発明したのはエジソンです。
その時、エジソンが思い描いていた主な用途は遺言の録音でした。
遺言書より効力のあるものとして期待されたのです。
それが役に立つ時、聞こえてくるのは死者の音声です。

写真も映画もレコードも発明は20世紀以前ですが、世の中に普及したのは20世紀です。
20世紀はマシンエイジであり、近代化が急速に進んだ時代です。
宗教は科学の発達によって、主役の座から退けられました。
それは、死が日常から遠ざけられ、死が隠蔽された時代の始まりでした。
死は病院や墓地に隔離され、生活の中で目にすることがなくなりました。
その20世紀以降、わたしたちの日常に死者のコレクションが増え始めます。
科学の応用技術で生まれた写真や映画やレコードが、知らないうちに死者を身近な存在にしたのです。
このパラドックスは当然の帰結かもしれません。
死は死者は、本来わたしたちの日常の一部であり、欠かせないものであることの証左に違いないからです。